最近の住宅は高断熱になったので全館空調でも電気代が安い、とはよく聞く話です。空調を効かせる空間が広くなり、稼働時間が長くなるのに電気代が安いだなんて、にわかには信じがたいことでしょう。
しかし、三井ホームの「スマートブリーズ」でも、パナソニックホームズの「エアロハス」でも、桧家住宅の「Z 空調」(こちらで紹介しています)でも、公式サイトをチェックすると、どのハウスメーカーも当社の全館空調はルームエアコンよりも冷暖房費が安いというデータを紹介しています。
わが家でも採用している三井ホームの全館空調では、一般的な住宅の個別エアコンの年間の冷暖房費を 100% とすると、全館空調の冷暖房費は 33% になると宣伝しています。
ほう、わが家の年間冷暖房費は 13 万円だったから、一般的な住宅の冷暖房費は年間 40 万円かかっているというのですね?
…
実際のところ、一般的な住宅の冷暖房費は年間 4 万円以下です。
わが家の冷暖房費は一般住宅の 1/3 どころか、3 倍以上かかってます。三井ホームのスマートブリーズ・プラスII(6インチウォール)の仕様よりも上の断熱仕様にしているんですが。
どこをどう間違えたらこんなに大きな差が生じてしまうのでしょうか?
その謎に迫ってみたいと思います。
全館空調メーカーの戦略
全館空調の会社がこのような広告を出しているのは、安くても 100 万円、通常でも 200 万円前後もする高い全館空調システムを買ってもらうためです。そのために知恵を絞って、初期費用がかかっても電気代が安いのならいいか、と思わせるための資料を作っているのでしょう。
つまり、全館空調の電気代を安く見せ、ルームエアコン(個別間欠運転)の電気代を高く見せるデータにしたい、というバイアスがあります。
どのような方法がとられているのか、具体的に見てみましょう。
全館空調を安く見せる方法
全館空調の電気代を安く見せるのは、実は困難です。
全館空調の電気代は、だいたい断熱性能(Q 値)から計算したとおりになるからです。暖房費の計算方法はこちらで紹介しています。
暖房費を減らすには、断熱性能を上げ、家を小さくし、設定温度を省エネにするくらいしか方法はありません。
設定温度はケチるとバレやすいので、その他の手段でごまかしています。
まず、断熱性能は標準的な住宅より高断熱の仕様になっています。Q 値や UA 値はハウスメーカーのカタログ値より 2、3 割悪化することが多いのですが、シミュレーションではカタログ値を使用しているはずです。
パナソニックホームズでは、試算条件を見ると、小さく「HSハイグレード断熱仕様」と書かれています。
また、三井ホームの試算条件では、換気費用を除くとしています。熱交換型換気の高い電気代は主に暖房費節約のためにかかっている費用なのに、それを除くのはちょっとズルい気がします。
ルームエアコンの電気代を高く見せる方法
一方、ルームエアコンの電気代を高く見せる方法も巧妙です。
まず、一般的な住宅で実は冷暖房費があまりかかっていないという事実は決して表に出しません。「冷暖房費に高いお金を払っている」と多くの人が誤解していることを利用して、一般的なルームエアコンの電気代として過大な料金を提示しています。
実際の平均的な冷暖房費ではなく、あくまでシミュレーションや特定の実験条件での電気代を紹介しているのです。
この実験条件がクセ者です。
朝と夜など、1日10 時間程度の運転としているのはいいのですが、よく見ると、リビング以外の寝室や居室でも同様にエアコンを運転しているのです。各部屋にエアコンを設置している家庭でも、毎日その全部を使っている家庭はほとんどないのではないでしょうか?
こんなトリックを使ってまでして、全館空調の電気代を安く見せているのです。
全館空調がルームエアコンより安いことはあり得るか?
では実際問題、全館空調の冷暖房費がルームエアコンより安いことは条件によってはあり得るのでしょうか?
全館空調もエアコンも同じヒートポンプ式の空調機器です。暖房費のカギを握るその効率(APF、COP など) は、大差がないか、最新のエアコンのほうが上です。暖房負荷が同じなら、全館空調のほうが有利ということはありません。
また、全館空調の暖房費は、断熱性能が高ければ高いほど安くなります。
断熱性能と冷暖房費の関係から推測すると、おそらく、非常に高断熱な住宅では、全館空調がルームエアコンの暖房費と同程度になることは考えられます。
しかし、冷房費については、断熱性能があまり関係しないため、ルームエアコンより安くすることは困難でしょう。
なお、断熱性能と全館空調の相性の関係から考えると、スウェーデンハウスのような非常に高断熱な住宅では、全館空調すら不要になります。少数のルームエアコンだけで、家中の温度差を十分小さくすることができるからです。エアコンの必要な暖房能力は Q 値から計算できますが、Q 値 1 前後なら小型のエアコンだけで事足ります。
とはいえ、全館空調がまったくお勧めできないわけではありません。それなりの高断熱住宅では、(お金はかかっても)温度差を小さくして快適な生活を送ることができるからです。
全館空調を導入するかどうかは、その特徴をよく理解したうえで検討することをお勧めします。
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