坂本雄三先生の著書を買ってみて思ったこと | さとるパパの住宅論

坂本雄三先生の著書を買ってみて思ったこと

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高断熱住宅について調べていると、東京大学名誉教授の坂本雄三先生の名前をよく目にします。改めて調べてみると、建築研究所の理事長、空気調和衛生工学会・会長などを歴任し、HEAT20委員長、YUCACOシステム研究会・会長なども務められている、ものすごいお方です。そのような高い見識と強い影響力をお持ちの方が日本の住宅に対してどう考えているのか、というのは大変興味深いところですが、私はこれまで、坂本先生のご意見をまとまった形で目にしたことがありません。それはおそらく、一般向けの最近の著書がないからなのですが、メルカリで次の本が出品されていたのを見つけたので、ちょっと購入してみました。

東京大学出版会から2011年に発刊された、建築学科の学部生向けの教科書であり、以下の構成になっています。

第1章 環境時代における建築環境工学
第2章 人体と熱環境
第3章 建築部位の伝熱特性
第4章 定常伝熱モデルと住宅の省エネルギー基準
第5章 日射と太陽エネルギーの利用
第6章 湿気と結露防止
第7章 蓄熱と室温変動
第8章 暖冷房とヒートポンプ

学生時代にはこういう教科書をやったなーなどと懐かしく思いながらパラパラとページをめくってみた(読んだとは言えません。今後、必要に応じて読んでいくつもりです)ところ、いろいろと思うところがあったので、ここに書いてみます。

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住環境の課題は学問分野として確立されていた!

ざっと見てまず驚いたのが、私が住宅を考えるうえで悩んできたさまざまな事象が、私が家づくりを検討する前にすでに「建築熱環境学」という建築学の一分野として確立されていたことです。ここでは、Q値やC値の定義や意義だけでなく、貫流熱、換気や日射、内部発熱、蓄熱の影響、壁体内結露(夏型も含む)、ヒートポンプなど、当サイトで扱ってきたようなことが体系的にまとめられています。

当サイトの内容は、次々に出てくる疑問を個別のテーマに分けて調べてまとめたものであり、建築熱環境学を直接学んだことはなかったのですが、ここまで似たようなテーマが学問分野としてすでに確立されていたとは、まったく知りませんでした。私は農学部で環境工学を専攻していたため、共通する基礎科目はいくつかあるものの、ずいぶんと遠回りをしてしまったものです。

建築熱環境学を活用できていない建築業界

上記のことが意外だと思ったのは、ふだん、この学問分野の内容が、建築士を含む建築関係者の間であまりにも軽視されていると感じていたからです。建築士はおそらくみな学部でこのような講義を受けて勉強したはずなのに、この知見を活かして住宅を建てていると思える業界人はあまり見かけません。教科書に書かれている内容なのに、ほとんど知識がなかったり、理解が足りないと思える主張をしていたりする建築関係者の方も多くいらっしゃいます。

なぜなのでしょうか。たぶんですが、建築熱環境学は、建築士の資格試験や単位、実務などにおいてあまり重視されていないのでしょう。これだけの内容が 1 講義 2 単位で済まされているとすれば、隅々までの習得は期待できません。

現在、住宅を建てる人にアンケートをとると、耐震性断熱・気密間取りの3項目がどれも並んで重視されているそうです。にもかかわらず、多くの建築士は断熱気密に他の2項目ほど重点を置いて取り組んでいません。

需要と供給が合っていないからこそ、当サイトのような素人のページがアクセスを集めてしまうのかもしれません。幸いなことに、プロからの情報提供も充実してきている昨今ではありますが。

とにかく、建築熱環境学は、住宅の快適さ、省エネルギー性(光熱費)、耐久性などにとってあまりにも重要であり、もっと重視されてしかるべき分野なのではないでしょうか。

温熱環境を重視した家づくりは難しい

しかしながら、みんなが建築熱環境学を学べばそれでよいかというと、そうとも思いません。学問は基本的・体系的な考え方を身に付けるには最良ですが、家づくりで現実に直面する課題に対する知識としては不十分だからです。住宅のQ値は〇〇以上であるべき、とかC値は xx 以下でないと、というのは価値判断が入ることであり、本書にそうしたことは書かれていません。性能と費用の現実的な折り合いを考えたり、常に最新の建材などに関する知見を得たりする必要もあり、実際の家づくりで考えるべきことは多岐にわたります。

また、中小の設計事務所や工務店においては、建築士の方に求められることが多すぎる、とも思います。構造は不可欠として、温熱環境、外観、住みやすい間取り、各種法基準への準拠、施主の個別要望など、考えなければならない大切なことが多すぎます。

医者が耳鼻科・眼科などと専門分野に分かれているように、建築士の世界も分業しないと負担が大きすぎる感があります。耐震性能や施工をチェックする専門の建築士やサービス機関は多数ありますが、日射や温熱環境、気密、空調換気を専門としてチェックする建築士サービスはあまり聞きません。

断熱を勉強した施主にとって、建築業者側の知識が足りないことに不満を感じることは多々あると思いますが、そうした事情も考慮しておく必要があるかもしれません。

施主としては、多くの住宅関係者が温熱環境などの重要性を認識し、パッシブハウスジャパンのような団体に所属するなどして最新の技術情報に触れていただければいいのに、と思います。

専門家のエコハウスの理想と現実

なお、久々に大学の教科書を読んでいて、感じた違和感もありました。それは、これからはサステナブル建築を建てなければならない、という使命感です。アカデミックな世界では、環境的に持続可能な理想の住宅を建てることが責務であると考えている人が多いように思われます。低炭素化社会といった切り口でみたほうが研究費が付きやすいという事情もあるのかもしれませんが、おそらくは善意の正義感に基づく責任ある態度でしょう。

しかし、大学を離れ、日々の生活に追われながら住宅を建ててみた一市民として思うのは、「住宅での環境問題の優先度はそこまで高くない」ということです。

環境意識は人によると思いますが、環境問題を真剣に考えるとしても、エネルギー消費量全体のうち住宅が占める割合はわずかですし、エコハウスは国連の持続可能な開発目標(SDGs、Wiki)の169ある項目の一つにもなっていません。

世界的に解決すべき優先度の高い問題は、他にも山積です。また、エネルギー問題は、経済、資源、インフラ、安全保障、技術革新、健康問題、国民感情などが複雑に絡み合う非常に複雑な問題です。環境問題を考え続けた結果、「世界全体でリスクをマネジメントして少しずつ改善できればそれでよい」と思うに至った私としては、住宅分野や個々の住宅といった狭い単位でサステナビリティを追求する政策は効率的でないと思っています(もちろん、環境に配慮できる余裕がある人や、デメリットのないことは、やるに越したことはないとも思っています)。

施主としては「経済的で長持ちして快適な住宅」が理想だと思うのですが、学問や行政などの意識高い系の方々は「サステナブル建築」ばかり考えているような気がして、そこに少しだけ違和感を感じるわけです。もっとも、省エネなどは施主の損得で考えてもメリットが大きいことが多いため、目標が違ったとしても対立する点は少ないのですが、住宅の専門家の意見を聞くときは、どちらの視点からの意見なのかを見極めることも、時には必要ではないかと思う今日この頃です。

参考 快適性重視と省エネ重視の 2 タイプの高断熱住宅

お勧めの本

この教科書は非理科系の人にも理解できるように書かれたとのことで、難しい数式などはあまり出てきませんが、やはり非常に教科書的なので、一般向けにはあまりお勧めできません(最近の建築熱環境工学を学びなおしたいという方にはお勧めです。読んだ範囲では的を射た明快な解説書と感じました)。

一般向けには、東大で現在もこの分野の研究を担っている前真之先生の次の著書がとてもわかりやすく、非常にお勧めです(紹介記事)。

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